大学院留学中のスーザン(Suzan)さんは、『ジョジョの奇妙な冒険』などのアニメを見てリラックスするのが趣味。(スーザンさん提供)
シリア内戦で絶望的な状況に陥ったとき、北部の都市アレッポ出身のスーザンさんは、日本の人気漫画『スラムダンク』の一節を思い出していました。
この言葉は、ある高校のバスケットボール部の監督が、試合の最後の数秒間、苦しんでいる選手を励まそうとしたときに発したものです。
彼は言いました、「あきらめたら、そこで試合終了だよ」と。
その後、いったんは不良になった選手でしたが、このセリフに触発され、バスケットボールに復帰し、全国制覇を目指すのでした。
現在35歳のスーザンさんは、姓を公表しないでとのことでしたが、2011年に勃発した内戦の際、国が反政府デモを取り締まったことをきっかけに、爆撃を受け、家を失いました。
彼女は安全な場所に逃げようと、あちこちに移動しました。しかし、逃げ場はどこにもなかったといいます。
「安全な場所は、どこにもありませんでした。」と彼女は言います。
そんな暗黒の時代に、先ほどの言葉は彼女の気持ちを高めてくれました。
「あきらめそうになったとき、「もう一度やってみよう」 と自分に言い聞かせました。」とスーザンさん。
彼女は、幼い頃から『キャプテン翼』や『小公女セーラ』などのアニメを見て育ち、日本語の勉強もアニメからだったそうです。
「日本のアニメの面白いところは、世界は良いことや良い人ばかりではなく、悪いことや悪い人もいる、ということを教えてくれるところです。」と語るスーザンさん。
「そのうえで、アニメは、未来をより良いものにしようと頑張っている人たちを描いています。そこがアニメの好きなところです。」
翻訳者やNGOのスタッフとして働きながら、大学に通い、アレッポ大学の日本学術協力センターで国際平和学を専攻したスーザンさん。
彼女は、博士課程で学ぶために、5年前に来日しました。
しかし、スーザンさんは、今年2月、故郷のアレッポで大地震が発生したことを知ります。
彼女は現地の友人から、人々が建物の下に埋まり、避難所や住宅もなく、生存者は食料や水を手に入れるのにも苦労している、と聞いたそうです。
また、病院は常に満員なので、治療を受けられない人がいるとのことでした。
しかし、このような時代だからこそ、『進撃の巨人』のような日本のアニメに意味を見出すシリア人もいる、とスーザンさんは言います。
その物語は、壁に囲まれた都市が、突然、あまりにも強力な巨人に襲われるという恐ろしいシナリオです。住民たちは激しい恐怖と絶望と闘わなければなりません–その点で、アレッポの状況に似ているのです。
「地震を巨人になぞらえて、(巨人に抗う人々のように)強く生きようとする人が多いようです。」とスーザンさん。
アニメ『進撃の巨人』のThe Final Seasonは3月にネット配信が開始されましたが、スーザンさんは、このアニメが一部のシリア人の心に響いたと語っています。
「(このようなものを)待っていたんです。地震の恐怖を一瞬でも忘れさせてくれるものを」と話していた人がいたようです。
「シリアは日本のアニメに何度も救われてきました。」とスーザンさんは言います。
そして、シリアは、中東でアニメが人気を博している唯一の場所ではありません。むしろ数多くの地域の一つといったところでしょう。
2022年のカタールワールドカップでは、アニメのタトゥーやキャラクターのステッカーを貼ったスマートフォンを身につけたファンが見受けられました。
『戦火の中のオタクたち』(晶文社刊)を手がけたマンガ家・天川 まなる氏によると、中東で日本のアニメが放映されるようになったのは1980年代だそうです。
マンガ原作の『UFOロボ グレンダイザー』が最初のヒット作だったといいます。これを受け、1985年、シリアに日本のアニメ翻訳会社が設立され、後に放送局にもなりました。
また、同社は他の中東諸国でもアニメを放映しており、日本のアニメの流通範囲と人気を拡大させていった、と天川氏は言います。
そして、近年はソーシャルメディア上での爆発的な人気により、アニメがさらに躍進しているようです。
「アニメには日本文化や日本人の考え方が詰まっています。」と天川氏は言います。「日本のアニメが遠い中東の多くの人々の心に触れ、苦難を乗り越える力を与えていることを知ってほしいです。」